2016/05/09

九州大震災復興ライブー劇場蘇生計画

えーえー、いまは2016年の5月です(放置しすぎで書かないと忘れる……)。

GWの連休中、ずっと家に籠もり、日本の近世以降に起こった大震災をまとめた書籍の編集仕上げをしていた。
なんでこのタイミング? とも思うが、ずいぶん前から決まっていたことだから仕方ない。結果的に本では、慶長三陸地震から、急遽、現在進行形の熊本地震までが取り上げられることとなった。
ともあれ、今回の熊本地震で被災された方々が、できるだけ早く、心穏やかに日常生活が送れるようになることを祈っている。

やはり日本列島は1995年以降、地震活性期に入ったと見たほうがよさそうだ。おそらくそう遠くない将来、南海トラフの地震津波は、来る(それは明日かもしれない)。

連休最終日には、熊本で被災して関東に避難してきている坂口恭平が旗振りして開催されたチャリティ・イベント「九州大震災復興ライブー劇場蘇生計画」に足を運んだ。3日間にわたって開催される中日、原宿Vacantでのライブ。
出演は坂口ファミリーと前野健太。
ここ最近の前野の弾き語りの素晴らしさについては言うまでもないが、坂口ファミリーの歌心にも改めて打たれたな。なんかデラニー&ボニー感があったよ。
熊本に生活を移した矢先に被災してしまった坂口の姪っ子メイちゃんも、元気そうでよかった。

イベントの売り上げはすべて、被災した熊本の橙書店早川倉庫に寄付されるという(一部はNAVAROにも)。
どちらも思い出深い場所だ。
なんせ橙書店は、今年の2月に行ったばかり。ブライトな最高の書店。併設されているカフェ、orangeでレモネードを飲みながら、店主の田尻久子さんともおしゃべりをした。
そもそも、坂口とつくった『家族の哲学』が熊日文学賞を受賞したので、その授賞式出席のための熊本旅行だった。夜は坂口ファミリーにこれまたいかしたフレンチ・レストランでご馳走になった。さらに深夜、高浜寛先生とも飲んで、ぼくと坂口はそれぞれバレンタインチョコまでもらってしまったのだった(必読→「高浜寛が語る「熊本地震 半径5mのリアル」」)。

早川倉庫については、拙著『メモリースティック』でも書いたが、いま読むとまた新たな意味を帯びてくるような原稿だったので、以下、そのまま転載しておきます。

■100回目の三月の5日間
(拙著『メモリースティック』所収)


「首都圏でやることもできました。でも、ぼくたちはそうせずに熊本でやったわけです。今日、公演を観ながら、そうしてよかったと思いました。初めてこの作品が、“日本”のことではなく“東京”というひとつのローカルを描いているんだということがわかったからです。つまり、東京という単なる地方の話なんだと。そうぼくには見えて、面白かった」

2011年12月9日から11日までの3日間、劇団チェルフィッチュは代表作『三月の5日間』の100回記念公演を熊本市の早川倉庫で行った。作・演出の岡田利規は、公演後に行われた記念パーティの挨拶で以上のような話をした。

「いいねえ。最近、オザケンも同じようなこと書いてなかったっけ?」隣りの席で聞いていた坂口恭平が、ぼくにささやく。言われてみればたしかにそうだ。11月29日付で小沢健二公式サイト「ひふみよ」にアップされた『東京の街が奏でる』と名付けられたコンサートの告知文には、こう書かれていた。

「『東京の街が奏でる』の“東京”は、首都としての東京ではなくて、ローカルな場所としての東京です。ローカルな場所というのは、東京から首都が移転して、大企業の本社が全部引っ越して、その後でも残る東京、みたいな意味です」

かつて「渋谷系」と呼ばれる音楽シーンの中心人物のひとりであった小沢健二と、2003年のイラク戦争開戦時に渋谷のラブホテルで五日間を過ごすカップルを『三月の5日間』で描いた岡田利規が、2011年に交錯する。もちろん両者ともに海外での活動を経験することで、東京を相対化する視点を持ち得たということもあるのだろう。

早川倉庫で観る『三月の5日間』は、浅草木馬館で観る大衆演劇のようでもあった。築130年の木造倉庫、親子連れ、温かい飲み物。俳優はひとりずつ観客の前に現れては、目の前でこれから起こることを説明するのだ。

「(これは)ミノベって男の話なんですけど――」

本来なら舞台に異化効果をもたらすはずのこんな台詞が、そのまま観客に配慮した単なる説明としてストレートに聞こえてくるから不思議だ。東京の渋谷という場所で、ぼくらはセックスをしたり、デモがあったりしたんですよ。それをいまから演じますね――。本当にただそれだけのことだ。

終演後、岡田の挨拶に続いて出されたべジ料理や地酒の美味いこと。100回記念で用意されたレモンとチョコレートのケーキに、100回の公演すべてに出演したという俳優・山懸太一が入刀する。岡田の息子・ヒビキくんと坂口の娘・アオちゃんがうれしそうにそれをほおばった。ヒビキくんによる今夜の『三月の5日間』評も聞けた。「いつもは分かりづらいんだけど、今日のはわりとよかったよ」

岡田が韓国から来ているコ・ジュヨンを紹介してくれた。彼女は舞台芸術における日本と韓国の新しい交流の可能性を探っているという。当然それは、熊本に移住したことで東京よりも近距離である隣国を意識するようになった岡田の関心とも重なってくる。

岡田利規と坂口恭平が公の場で初めて話をする機会を持ったのは、2011年2月。まだ10ヵ月しか経っていない。神奈川芸術劇場で上演されたチェルフィッチュ『ゾウガメのソニックライフ』のポストパフォーマンストークでのことだった。まさかそのときには、『三月の5日間』の100回記念公演が熊本で開催されることになろうとは、誰も予想していなかったはずだ。

未曾有の震災が起こり、深刻な原発事故がそれに続いた。東京に住んでいた坂口恭平は故郷である熊本に移住し、家族と暮らす部屋とは別に、月3万円で借りた古い木造一軒屋を「ゼロセンター」と名付け、避難者の受け入れを始めた。その呼びかけに最初に応じたのが岡田利規とその家族だった。岡田はその後、妻の強い意向もあり熊本への移住を決めた。

「定住と移住」は『ゾウガメのソニックライフ』のモチーフでもあった。「放射能からの避難として熊本に移住すること」は妥当な行動なのだろうか。答えの出ない問いだ。正解はない。それよりも重要なのは、岡田利規が熊本での100回記念公演によって、今後の活動の指針となるであろう現状認識をいち早くカタチにしてみせたことだ。

翌日、坂口の案内で、国指定重要文化財である八千代座を見学する。明治43年に建てられ、かつては芸術座の松井須磨子が「カチューシャの唄」を歌ったこともあるというこの古式ゆかしい劇場は、現在では定期的に坂東玉三郎の公演が開かれることでも知られている。八千代座2階席の欄干を掴みながら坂口が言う。

「ここでいつかチェルフィッチュに公演してもらえたらいいよね」

平山源泉で疲れを流し、夜は、昨夜の100回公演記念のあのケーキをつくったという女性ふたりがカウンターに入っているバー、PAVAOで飲んだ。そこに公演を終えたサンガツのメンバーや公演スタッフたちが合流してきたので、みなで連れだってゼロセンターへ移動した。

熊本のよさを味わえば味わうほど、ぼくは“東京という地方”のよさもこの手で見つけたくなった。

あと、『メモリースティック』に入れようと思って、最後の最後で外したこんな原稿もあったので、合わせてサルベージしておきます(ちなみに、エランド・プレスの創業一周年フェアで、前野健太と坂口恭平がお互いの曲をカバーしたCDがもれなくもらえるそうです)。

■親鸞じゃなくて前野健太だった
(初出:『音楽と人』2013年3月号)


「悩み、不安、最高!!」

そもそも坂口恭平はこのライブの主催者だった。「建てない建築家」として注目され、3・11以降は「新政府総理」としても名を馳せる彼が、昨年12月よりワタリウム美術館で開催している『新政府展』の催しの一環として、前野健太にライブを要請したのだ。

場所は、坂口が美術館のすぐウラに開設した青山ゼロセンター。都会の一等地にある空き家を0円で入手して完全リノベーションした、『新政府展』の肝ともいえるシェルター兼ファクトリーだ。同じ場所で、前日には七尾旅人のライブも行われた。翌日には原田郁子のライブも予定されていた。当然、坂口自身、それらのライブを観客のだれよりも楽しむつもりだったにちがいない。しかし、坂口はこの日、ホテルの部屋でPCのモニター越しに観る羽目になった。それも口にタオルを詰め込んで。

実は、坂口は前日から陥った鬱のドン底にいたのだった。希死念慮にとりつかれ、ホテルの部屋の壁に何度もアタマを打ちつけていたら、隣りの部屋からフロントにクレームを出された。なので、今度はタオルを口に詰め込み、自分のクビを両手で締めた。目から涙が溢れてくる。それでも自分の事切れる姿を熊本に住む愛娘に見られることを思えば、少し離れた東京の片隅で事果ててしまったほうがよいと思った。

ぼくは仕事で見られなかったのだが、前日の七尾旅人のライブの際にも、すでに鬱に入り込んでいた坂口は、ライブの間じゅうずっと七尾のすぐ横のスペースに寝そべり、身じろぎもせず泣きながら演奏を聴いていたという。七尾のほうもノドのコンディションが万全ではなく、しかもすぐ横で主催者がぶっ倒れて泣いているという壮絶な状況。それでも、いや、それゆえというべきか、観客の心に残る素晴らしいライブになったという。

日付が変わって、この日の坂口は会場に来ることもままならなかった。心配したワタリウム美術館・館長の和多利浩一は、急遽、坂口の住む熊本から彼の妻、フーを呼び寄せた。彼女を乗せた飛行機が羽田に着くのは21時。前野健太がライブを開始した18時半の時点で、まだ坂口はホテルの部屋に一人でいた。

坂口と前野の関係を二人のファーストコンタクト(2009年6月、ぼくが企画した坂口と写真家・梅川良満とのトークライブに、前野が客としてやってきた)から知っているぼくは、和多利に依頼され急遽、ライブの司会とセッティングを引き受けることになった。

「これってユーストしたほうがいいんですか……ね?」

リハーサルで前野から相談された。あまりUSTREAMに乗り気ではない口ぶりだ。青山ゼロセンターでのライブはすべてUSTREAMで生中継することになっていた。それは坂口が自殺志願者のための「いのちの電話」を個人でやっていることとも繋がる。青山ゼロセンターは誰でも受け入れるシェルターとして開設されたが、そこまで足を運べない人もいる。むしろ物理的にも精神的にもにっちもさっちもいかなくなっている人間は、自宅から一歩も出られずにいる可能性のほうが高いだろう。そうした人のもとにも演奏を届けたい、というのが坂口の願いだった。そんな話を前野にしたら、即答で「じゃ、やりましょう」ときた。「坂口さんにも届くかもしれないですしね」なんて微笑みながら。

でも、まさか本当に届いていたとは。いや、正直に言うと、坂口が鬱で苦しんでいることは理解していたが、この時点では、死を覚悟するほどの絶望の淵にいるとは思っていなかった。とはいえ、躁状態のときは独立国家を起ち上げ、自ら総理(「躁理」と表記すべき、という話もある)を名乗ってしまうほどのテンションだ。そんな男が振り子のごとく鬱に転じたときの落ち込みは、たしかに相当なものだろう。

「もうダメだ」

坂口は、自らの両手でクビを締めながらすべてを諦めそうになった瞬間、ブチブチ途切れるUSTREAMから前野健太の歌声を聴いたという。

「悩み、不安、最高!!」

ある日、飲み屋のカウンターの隣りで、サラリーマン二人組の片方がずっとつぶやいていた。それが面白くて、歌にしてみたのだという。そんな歌に坂口は救われた。

「悩み、不安、最高!!」

ただそう繰り返すだけ。念仏みたいだ。

「悩み、不安、最高!!」

でも歌っているのは親鸞じゃなくて前野健太だし、その曲はまぎれもなくロックンロールだった。

2015/10/31

今の時代がいちばんいいよ

「あの映画館で待ち合わせ」

2009年の大晦日、営業時間外の吉祥寺バウスシアターで、十数名ほどの男女とともに1本の映画を観る。同年正月に撮影された松江哲明監督作品『ライブテープ』だ。
吉祥寺の武蔵野八幡宮から井の頭公園まで、ミュージシャンの前野健太が弾き語りをしながら歩くワンシーンワンカット74分の音楽ドキュメンタリー。

撮影ルートには吉祥寺サンロードが含まれており、映画には当のバウスシアターも映り込んでいる。撮影からジャスト1年後というタイミングで、同館のスタッフ・武川寛幸が、出演者および撮影クルーのためにプライベート上映をしてくれたのだ。
同年10月、東京国際映画祭で「ある視点」部門グランプリを受賞した『ライブテープ』は、年末よりバウスシアターで公開されたばかりだった。上映が終わると、年明けを待って、みなで武蔵野八幡宮に初詣をした。

あれから5年が経った。
2014年5月14日、同じバウスシアターのスクリーンで、松江と前野、さらに平日の夕方5時という時間帯にもかかわらず集まった観客とともに、『ライブテープ』の爆音上映を鑑賞する。ただの上映ではない。以後、もう二度とバウスシアターで『ライブテープ』が上映されることはないのだ。
バウスシアターはこの月をもって、30年間続いた歴史に幕を下ろすことになっていた。

スクリーンに5年前の吉祥寺が映し出される。
ギターを弾き、歌いながら前野健太が歩く。五日市街道の奥に一瞬、自分が見切れた。たしかにぼくはここにいた。
前野がサンロードの角を曲がる。バウスシアターの看板が映る。看板の前にしゃがみ込む前野。アコースティックギターでイントロをつま弾く。曲は〈100年後〉だ。
『ライブテープ』はなぜかこのシーンで画面が一瞬暗転する(もちろんワンカットは持続したままで)。その意味をこれまで深く考えたことはなかったが、この日の暗転には胸を衝かれた。バウスシアターが、客席に向けてウインクしたように見えたからだ。
「100年後、君と待ち合わせ」

上映後、松江と前野、さらに公開時に宣伝をサポートしてくれた加瀬修一とともに李朝園で焼肉をつつく。さらに『ライブテープ』のロケ場所のひとつでもあるハモニカ横町のバー「なよ乃」へ。途中から、やはり宣伝を担当したプロデューサーの直井卓俊が合流する。
誰も思い出話はしないが、なよ乃の柱や丸椅子にはまだ当時の記憶が付着している。
かつて、なよ乃は“一軒目”の店だった。ここで一杯ひっかけてから、吉祥寺の街へ。しかしあの頃、通った店も多くはすでになくなっている。
この5年、松江や前野をめぐる状況も大きく変わった。吉祥寺の駅前も変貌したが、それでもバウスシアターがなくなるなんて思いもしなかった。

映画館としてはクローズしたバウスシアターで最後に10日間、「ラスト・バウス/ラスト・ライヴ」というライブイベントが催された。在りし日のバウスシアターでは、演劇公演や音楽ライブも頻繁に行われていた。バウスシアターらしい最期の宴だ。
その三日目、ホライズン山下宅配便とNRQのツーマンライブに足を運ぶ。両者ともバウスシアターの大きなスクリーンに映像を投影しながら、その前で演奏をした。
あれ? バウスってこんなに音よかったっけ? 映画館とは思えぬほど解像度の高い出音に改めて驚かされる。boidの樋口泰人が爆音上映用に組んだアナログ機材中心の音響設計が活きている。

その翌日、新宿の紀伊國屋書店で、拙著の出版記念イベントがあった。
共著者の磯部涼と、ゲストに迎えた北沢夏音と前野健太とともにトークをする。テーマは「街と歌」。自然とバウスシアターの話になるが、前野はあまり乗ってこない。『ライブテープ』については一言だけ。
「久しぶりに劇場で観たけど、あの頃かけてたサングラス、安っぽかったな」
イベントの締めにやってくれた弾き語りで前野が披露した新曲は、ちょっとディランを彷彿とさせるフォークソングで、そのタイトルは〈今の時代がいちばんいいよ〉だった。

(拙著『メモリースティック』より)

2015/10/15

New Chapter



仕事のギアチェンジを図るため、今年3月に5本あった連載をすべてストップしたのですが(わがままを聞いてくださった各媒体の方々に感謝泣)、ここにきて新しいペースが掴めてきたのと、タイミングよく依頼をもらったのもあって、新連載を2本、始めました。

一本は『文學界』で、伝統芸能についてのエッセイ連載。編集部がつけてくれたタイトルは「若き藝能者たち」です。
第一回となった10月号は落語の立川吉笑、今日ぐらいから並んでいる11月号では講談の神田松之丞のことを中心に書いてます。
いま『文學界』はカバーイラスト担当が元ceroの柳智之くんで、彼が毎号、島尾敏雄や開高健を描いてるのがなんともおもしろくって、その感じにも刺激を受けてます。
第三回はたぶんワンピース歌舞伎について書くことになるかと。

そしてもう一本は『EYESCREAM』で、こちらは小説連載。短篇の連作を重ねていくスタイルです。
いま売りの第一回は「ダクト清掃の男が『火花』を読んだ翌日、研修の新人が清掃中に事故で落下してヒヤッとしたけど、下がカントリーマァムの袋の山だったので助かった」みたいな話です。
編集部がつけてくれたタイトルは「東京小説」で、てっきり「(仮)」だと思ってたら、このままでいいでしょう、とのこと。でもやっぱり次号から変わるかもです。

あとニッポン放送制作のネットラジオ「Music Go Round」でパーソナリティをやっております。毎週火曜20時~22時まで、同じ内容がリピート放送されますので、タイミングあえばぜひ~。
今月は、新譜『世界各国の夜』も最高なVIDEOTAPEMUSICくんがゲストに来てくれてます!

2015/10/11

潮目の変わったキングオブコント

「キングオブコント2015」の生放送中ですが、1stステージ終了時点で、昨年予想した潮目の変化を感じたので、昨年大会(「キングオブコント2014」)についてのこの原稿をアップしておきます。

『シアターガイド』連載「“笑”劇場をゆく」特別編
「キングオブコント2014」

今年もやってきたコントの祭典「キングオブコント」。ファイナリストの枠が8組から10組に増え、ルールも変更になるなど、大きな転換点となった今回、各組のネタを通して浮かび上がった、現在のコントの潮流とは?

九龍 ここ数年の流れではあったけど、今年はいよいよ演劇的なネタが席捲したね。優勝したシソンヌの何がよかったかって、“芝居がうまい”ってことだから。ラーメン屋の店主と客の会話で展開する1本目も、二人がタクシー運転手と失恋した女の人に扮した2本目も、設定と演技がリアルであればあるほど面白い。
(巳) どちらも笑わせるためのオチではなく、短編ドラマの終わりという感じでした。
九龍 客が店を出て事故に遭うところを、舞台からはけたあとに音だけで表現するなんて、もはやチェーホフだよ(笑)。この連載ではああいう演劇に接近したコントに注目してきたけど、いよいよここまできたかと。チョコレートプラネットの1本目も上質なシチュエーション・コメディだったし。
(巳) ポテトチップスの袋を開ける業者と客のやりとりがおかしかったですよね。ありえないこととは分かっていながらも、器具とか、それを扱う手さばきとか、ディテールが豊かで、本当にそういう業者がいるんじゃないかと。
九龍 「(袋を見て)沼津工場だ」とか、言葉選びも絶妙だよね。業者の声のトーンも玄人はだしだったし。逆にここまで演劇的リアリティ重視のネタが増えてくると、バンビーノのネタが新鮮に映るね。
(巳) いろいろなダンスで動物をおびき寄せて狩りをするという、音と動きを重視したネタでした。
九龍 以前はそういうコントも多かったけど、今や異色だもんね。同じ意味で、準決勝で敗退した審査員席のほうに、パンサーや日本エレキテル連合といった旬でキャラクターの立った派手な人たちが座ってるという倒錯も興味深かったね。あと、演劇的リアリティが不足しているために、いまいち面白みが伝わらなかったのが、リンゴスター。
(巳) どういうことですか?
九龍 企業の情報を盗むスパイが、潜入先で社長まで昇進したネタだったけど、まず社長を演じた人が仕事ができる感じに見えない(笑)。演技力が足りないのもあるんだけど、もっと社長が言いそうなフレーズを並べたりしないと、説得力が生まれないんだよね。それこそチョコレートプラネットの「沼津工場」みたいな。そういう奥行きが出て初めて面白くなるネタだから。まだ20代半ばだから、これから磨かれていくんだろうけど。
(巳) ルールが変わったことも話題の一つでしたよね。これまでは全組が2本のネタを見せて、その合計得点を競ってましたが、今年は一騎打ちで勝ったほうが残るという方法でした。
九龍 総得点方式だと、前回のように採点基準が一度ブレると、その後の展開が荒れるから、これはこれでありだと思ったよ。しかもチョコレートプラネットが、宣言通りに一番のくじを引いて、最後まで勝ち進んでいったのにはグッときた。これぞ芸人力って感じで。
(巳) なるほど。また来年の展開が楽しみですね。
九龍 今回がこれほど演劇的だったから、来年はガラリとネタの雰囲気も変わるんじゃないかな。いずれにせよ、期待は高まるね。

(初出『シアターガイド』2015年1月号)

2015/09/22

メモリースティック



そういえばここで紹介するのを忘れていた拙著『メモリースティック』。DU BOOKSより税抜1,600円で発売中でございます。
すばらしい装幀は田部井美奈さん、装画は松井一平さんが手がけてくれました。
そして、オビには敬愛する水道橋博士と佐々木敦さんが一文を寄せてくださいました。
本当にありがたいことです。

『メモリースティック』には2005年から2015年に書かれた原稿が収められており、その多くはまさに佐々木敦さんがオビ文に書いてくださったように、なにかこれから起ち上がろうとするものの萌芽や胎動を捉えるべくして書かれたものです。
実際、この半年だけでも、ここに登場する人たちがおもわぬ繋がり方をして新しい状況を切り拓いていることを容易に確認できるのではないかと思います。

いまの時代に「ポップカルチャーについて書く」ことの意味について考えた本でもあります。
「あとがき」からの抜粋と、紹介していただいた媒体情報なども載せておきます(ウェブで読めるものについてはリンクを貼っておきました)。
なにはともあれ、手にとってもらえたらうれしいです。

※「あとがき」より抜粋

本書をまとめるにあたって、気をつけたことが二つある。

一つは、サブタイトルに「ポップカルチャーと社会をつなぐやり方」とあるが、社会状況やその変化が作家や作品に影響を与えているという見方はしない、ということ。
社会のあり様を追認するだけの作品はつまらないし、また、作品を社会に対する「註釈」に切り詰めてしまうような鑑賞態度もとりたくないと思った。

つまり本書は、ポップカルチャーを見れば社会の動きがよくわかる、ということを喧伝する本ではない。「つなぐ」という動詞は、あくまで受け手の側の課題としてある。
それゆえ、作家自身が社会性を考慮しているか否か、自覚的であるか無自覚であるかなども問題とはならない。作家にとって社会と無縁に自律していると思われる作品やテーマが、それを受け取った誰かにとっては、日常生活のリアリティや、彼や彼女をとりまく社会状況とシンクロしているように感じられることだってあるだろう。むろん、社会と組んず解れつすることで生み出された作品が、単なる現状追認を越えて、まだ見ぬ未来のヴィジョンを引き寄せることだってある。
そのような可能性を、作家たちの意図に関わらず、抽出しようと試みた。

もう一つは、本書全体をリニアに組み立てるということ。
ここに収められた各原稿は、雑誌掲載時には個別に読まれることを想定して書かれたものだが、言及した人物が時期や場所を変えて何度か交錯することで、やはり本人たちの思惑とは別に、テーマや背景となる街の物語浮かび上がってくるような構成を目指した。

いずれも、うまくいったかどうかは読者の判断に委ねたい。

<書評掲載>
『ele-king』(WEB)
矢野利裕氏「社会は変態の夢を見るか
綾門優季氏「『ぴんときた』は、奇跡だろうか?

『新潮』5月号
杉田俊介氏「憂鬱と星座」

『R25』(WEB)
坂口恭平氏「文化の前に交易がある

『ミュージック・マガジン』4月号
柴那典氏「喧騒をドキュメントするように」

『クイック・ジャパン』vol.119
松永良平氏『わかったつもり』を許さない。九龍ジョーの足取りを追え」

『書標(ほんのしるべ)』3月号
書店員レビュー 「硬直した考えを打ち破る新たな世界観が生まれてきている

『週刊朝日』3月13日号
今田俊氏「魔窟のドアをひとつひとつ開けていくスリルと快感

『テレビブロス』3月7日号
橋本倫史氏「ジャンルを越境し、立位置自体も境界を越える」

『HOUYHNHNM(フイナム)』(WEB)
小林真理氏「“一人カルチャー雑誌”を担う書籍

<対談・鼎談掲載>
『SUBPOKKE』(WEB)
九龍ジョー×直井卓俊+森直人「『メモリースティック』にまつわるエトセトラ

『CDジャーナル』3月号
九龍ジョー×松永良平「『メモリースティック』をめぐって

<インタビュー掲載>
『POPEYE』5月号
『KAMINOGE』vol.39


2014/06/22

レディオヘッズ

◆6月24日(火)の深夜0時頃よりTBSラジオの荻上チキさんの番組「Session-22」に出演します。
テーマは「女装シーンの現在」。
4月にも『遊びつかれた朝に』の関連で磯部涼と番組に出演したんですが、そのときになぜか女装の話をすべりこませたらプロデューサーが関心を持ってくれて、こんどは女装テーマだけでお話することに。
ついにかもめんたる槙尾くんも参戦することになった日本最大規模の女装イベント「プロパガンダ」のことなどを中心に、現在進行形の女装シーンの背景や魅力について紹介できればと思います。
選曲もできるので、また普段ラジオで掛からなそうなあれとかこれとかを流せればと!

◆しかしラジオでしゃべれるのはホントうれしい。正月にニッポン放送でやらせてもらった「ポップカルチャー新年会」とか、やはり昨年、同局でやらせてもらった「誰だ!」とか、ひとつひとつ階段を登っているはずなので、このままいけるところまでいきたいぞェ、と10代のような新鮮な心持ちでいる今日この頃なのです。

◆あ、あと6/24といえば立川吉笑くんの渾身の企画「吉笑ゼミ」の第一回でもあります。もちろんこちらを覗いてからTBSに向かうつもり。

2014/06/20

遊びつかれた朝に



もはやどのタイミングで更新すればいいのかよくわからないこのブログですが、ここで更新せずしてどうする!?(高野拳磁)ってことで、そう、本が出ました。出てます。
遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』。磯部涼との共著です。まだまだホヤホヤです。

内容については、出版元であるele-kingのページを参照してもらえればと思いますが、自分で書いた本書の「はじめに」もまた過不足なく内容紹介になっているので、以下にそのまま転載しておきます(ちなみに「あとがき」は磯部が担当)。

「インディ・ミュージック」とは、狭義にはメジャー・レーベルの絡んでいない、資本からの独立性の高い(=インディペンデントな)音楽のことを指す。ただ、この本ではことさらにそうした音楽を対象化してみようと試みたわけではなく、私たちが日常的に親しんでいたり、関わりのある音楽について語ってみたら、たまたまその括りが妥当であった、というのが実際のところだ。と同時に、けっして社会のメインストリームに位置するわけではないそれらの音楽を語ることでこそ描き出せる時代の相貌がある、という確信もある。

磯部と初めて出会ったのが2004年だから、今年でちょうど10年になる。「変化」というものは、いつの時代にだって多かれ少なかれあるものだが、YouTubeやSNSをはじめとするインターネット・テクノロジーがインフラ化したことでもたらされたこの10年の変化は、ポピュラー・ミュージックの歴史にとってけっして小さなものではないだろう。インディの世界に目を向けても、アンダーグラウンドなシーンが以前よりも可視化されるようになり、個別の現場レベルでは盛り上がりが加速しているケースも増えている。しかし、それらのシーンの内外を架橋する言葉は、まだインターネット登場前の、雑誌が音楽カルチャーを牽引していた時代に比べて、後退してしまったように思えてならない。雑誌は雑誌で、その多くは生き残りをかけてよりパイの大きく見込めるメインストリームの音楽を扱うことで手一杯だ。もはや、メジャーものはよりメジャーに、マイナーなものはよりマイナーな領域で、と割り切るのもクールな所作かもしれないが、野暮を承知で、あえてそこを攪乱してみたいという誘惑もある。つまりマイナーな場所に宿る力に、より大きな社会的可能性を見てみたいのだ。

この本をつくるにあたって、場所を変えながら四度の長い対談を行った。それぞれ順番に、四つの章に対応している。
本文でも触れることになるが、私たちは2007年、雑誌『Quick Japan』で銀杏BOYZを3号連続で特集するにあたって初めてチームを組んだ。この本の第一章は、まさにその銀杏BOYZの話を扱う。折しも、銀杏は2005年以来、9年ぶりのオリジナル・アルバムを発表。そのアルバム『光のなかに立っていてね』を聴くことで再度確認したのは、この国のインディ・ミュージックを考えるにあたって、まず最初に語らなければならないのはやはりこのバンドだということ。なぜ私たちが銀杏BOYZにこだわるのか。彼らが同時代のカルチャーに与えた影響とは何なのか。そのことについてはまずは語っていく。
第二章は、00年代前半に私が主戦場としていた実話誌界隈や、磯部の関わっていたサウンド・デモなどの話をきっかけに、その両者がクロスするポイントから、アンダーグラウンド・カルチャーと社会の関係を見ていく。さらにこの国に「インディ」という思想がどう根づいていくのか、という見通しをおとなり韓国のインディ・シーンの現状なども意識しながら考えていく。
3・11以降、原発問題や風営法によるクラブの営業規制問題など、ミュージシャンが運動にコミットしたり、何らかのステイトメントを求められる機会が増えている。第三章では、音楽と政治はどのように関係するのか、もしくは関係しないのか。そのことがテーマとなる。
最終章は「シティ・ポップ」という言葉を切り口に、音楽とイメージの関係について考える。「東京」という街の表象、インターネット・ミュージックと都市生活、街と音楽のあり方について話していくことになるだろう。

私は基本的におしゃべり好きで、磯部涼は議論好きだ。そのため、私たちの会話はいつでも終わりの見えぬまま延々と続きがちである。しかし、そうやってさんざんに話をつくし、議論のための建前やら知識やらがすっかり雲散霧消してしまい、自分たちですら何について話をしているのか怪しくなってきた頃、それぞれの人生の手触りのようなものにゴツッとつきあたることがある。そこはおそらくそれまでの議論がすべてがムダになってしまうような波止場で、きっと音楽を楽しんだり、音楽に心底震えたりするときの自分もそんな場所に佇んでいる。
もちろん読者の皆さんをムダ話にまで付き合わせようなんてつもりはさらさらないので安心してほしいのだが、私たちの対話がいつでもあの波止場に転びかねない瞬間を孕んでいるということは記しておきたい。
それでは、さっそくはじめてみよう。

九龍ジョー
(「はじめに」より)

すでにいろんな人が感想など書いてくれててうれしいのですが、とりわけこの方のレビューはほとんど「もうひとつの“遊びつかれた朝”」になっており、迫ってくるものがありました。